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3人の日本人盆栽師から始まったアメリカ盆栽の歴史

 ちょっとでも盆栽に興味を持つと「海外で盆栽がブーム」「今は日本より海外で人気がある」と必ず耳にします。そんな未知なる「海外で盆栽が人気らしい」伝説、なかなか現地での様子をイメージしにくいですよね。

実際、海外ではどんな様子なのでしょうか。私の住んでいるアメリカでの現状をご紹介する記事「国を超えてアメリカで盛り上がる盆栽」を前回アップしましたので、是非ご興味のある方は読んでみてください。(もちろん、アメリカ以外の国でも盆栽は人気ですよ!)

どうやってアメリカまで渡ったの?

では、いつからどんな風に盆栽はアメリカに根付いていったのでしょうか。今回は、私たちが産まれるよりも前に盆栽をアメリカに広めた3人の日本人をご紹介します。

アメリカのみならず世界中の盆栽愛好家でこの3人の名前を知らない人はいない、パイオニア的存在の3人です。覚えておいて損はないですよ!

来年2017年には、4年に一度開催される盆栽のオリンピック「世界盆栽大会」が28年ぶりに日本で開催されます。(もちろん、誰でも見に行く事ができますよ!)。世界中からたくさん集まる盆栽愛好家とも、こんな予備知識があれば楽しくお話しできるかもしれませんね。

吉村酉二(ゆうじ)

−外国人にも盆栽の美しさがわかると信じて疑わなかった

1921年2月27日 –1997 年12月24日

まず、おそらく盆栽史上初めてこの事に言及するのではないかと思うので力強く強調しておきたい点は、吉村さんがめちゃめちゃイケメンだという事。

どうぞご覧ください。

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International Bonsai 1998年 No.1
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International Bonsai 1998年 No.1

どうですか。吉村さんのイケメンっぷり。往年の人気俳優だと言っても十分通用しますよね。(あれ、私の個人的趣味でしょうか。。?)吉村さんは生き方もとってもイケメンなんです。

吉村さんは1921年東京で盆栽園「香風園」を営む吉村鋭治氏のもとに生まれました。東京園芸学校を1938年に卒業しましたが、すぐに第二次世界大戦が勃発し陸軍大尉として終戦まで5年間中国で過ごす事になります。

戦後日本に戻った吉村氏は1948年、東京で「中目黒香風園」を父の盆栽園から独立して開きました。1951年にドイツ人の農業外交官Alfred Koehn氏に出会い、盆栽を世界に広めたいという吉村氏の気持ちが具体化して動き出します。

Alfred氏の協力もあり、1952年吉村氏は初めて外国人向けの盆栽クラスを日本で開きました。生徒は日本在住の軍人、お偉いさん、ビジネスマンやその夫人たちでした。

International Bonsai 1998年 No.1
International Bonsai 1998年 No.1

今では当たり前のように外国人でも盆栽クラスに参加することができますが、そのころの日本といえば「盆栽は日本の美。この難解な美しさが外国人に理解できる訳がない。」と信じ込まれていました。

しかし吉村氏は盆栽の美は外国人にも通じ、一緒に楽しむことができると信じて疑わなかったのです。心までイケメンですね。これは当時、とても型破りで革新的な考えでした。

今考えるとなんだかもの凄く皮肉なものです。今では海外でどんどん盆栽の美しさの評価が高まり盛り上がっているなか、日本では縮小気味の老後の趣味かつ、よく分からない世界だと思われている。かく言う私も、つい最近まで全く興味がありませんでしたから…吉村氏のクラスは大盛況で、3年間で600人以上もの外国人が盆栽を学びました。

1959年アメリカから依頼があり、アメリカで盆栽のクラスを開始しました。これが大盛況で、その後もアメリカ各地から盆栽クラスの依頼が入り、家族とアメリカに移住することになります。なかでもNew York Botanical Gardenのクラスは1962年から1994年まで途中期間を空ける事もありながら32年間も続きました。彼の教え子の多くが初期のアメリカ盆栽界を引っ張る存在になった事は言うまでもありません。

彼が語った夢あるアイディアを元に、アメリカ国立樹木園の中に「盆栽ミュージアム」が誕生したとも言われています。(正式名称National Bonsai & Penjin Museum)

1945年日本軍が敗北し終戦を迎える際に面白い出来事がありました。当時アメリカ海軍だったアメリカの盆栽家Joseph.C.Burke氏は、終戦時に中国から吉村大尉とその一行を捕虜として日本まで送り返す任務を行ったのです。後に盆栽を広めるためアメリカに渡った吉村氏はJoseph氏と盆栽を通じ再会することになります。これは二人が生前よく笑い話にしていたエピソードだそうです。そう思うと戦後に盆栽を持ってかつての敵国に渡るって色んな意味があったのでしょうね。

New York Times 1990年10月5日号
New York Times 1990年10月5日号

吉村酉二氏は1997年に亡くなりました。

ジョン・ヨシオ・ナカ

−天皇からも表彰された、「盆栽バイブル」の産みの親

1914年8月16日–2004,年5月19日

ジョンさんの事が大好きな私が力強くおすすめしたいポイントは、ジョンさんはめちゃめちゃキュートだと言う事。見てくださいこの笑顔。

http://artofbonsai.org/galleries/naka.php
http://artofbonsai.org/galleries/naka.php

どうやらとてもキュートで面白いおじさんだったようです。

https://www.facebook.com/JohnYoshioNaka ※若者がTwitterにあげたら炎上しそうな写真です。
https://www.facebook.com/JohnYoshioNaka
※ 若者がTwitterにあげたら炎上しそうな写真です。

ジョン氏についてアメリカの文献によく書かれているのは「会ったらみんな好きになる」ということ。もう写真だけで十分伝わりますよ!

1914年、ジョン氏はアメリカのコロラド州で日本人移民の両親の元に日系アメリカ人2世として生まれました。8歳までアメリカで過ごしますが、その後日本へ移ります。そこで祖父から盆栽を学びました。

1935年21歳の時、徴兵を逃れるためと兄の仕事を手伝うためアメリカのコロラド州に戻ります。その後第二次世界大戦が終わり、家族でロサンゼルスへと引っ越します。

ロサンゼルスには大きな日系コミュニティがあり、ジョン氏は日系アメリカ人の仲間たちと盆栽を楽しみました。盆栽への情熱が止まらなくなったジョン氏と友人のフランク・ナガタ氏は1950年のある日、アメリカの園芸ショーに盆栽を出展してみようと考えました。搬入前に門前払いされそうになりながら、なんとかアメリカの園芸ショーに盆栽を出展する事ができ、なんと最優秀賞を獲得しました。この時代の日系人の方々がいかに盆栽に夢を描いていたかを想像すると今でもワクワクしますね。だって戦後ですよ。この時代に盆栽を評価してくれたアメリカ人がいたんですね。

http://www.janm.org/collections/item/96.267.781/     中央がジョン氏
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中央がジョン氏

その後もナカ氏と日系人の仲間たちはアメリカの園芸ショーに盆栽を出展し続け、数々の賞を獲得します。ショーではジョン氏がアメリカ人のお客さんの前で盆栽のデモンストレーションをする機会もあり、着実にアメリカの園芸ファンに盆栽の存在を広めました。

ジョン氏たちの活動の影響で、今でもアメリカで盆栽が一番盛んなのはカリフォルニアです。

ジョン氏は当初、日系人の友人たちに盆栽を教えていましたが徐々に問い合わせが増え、日系人以外のアメリカ人の生徒も加わり、さらにはアメリカ全土、ヨーロッパなどにもたくさんの生徒を得ました。

情熱あるたくさんの生徒に囲まれ、いつも同じ質問をされていたジョン氏は「もし僕が本を書いて、それをみんなに読んでもらえれば、みんなに答えられるだろう」というシンプルな考えのもと、みんなが知りたいと思っている疑問の回答書のような本を出版しました。これが、現在でもなお「盆栽のバイブル」と海外で支持され続けているBonsai Techniques IとIIの二冊です。(1973年出版、後に他言語で出版されています。)

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ジョン氏は1985年に日本の天皇から贈られる勲五等双光旭日章、1992年には全米芸術基金(NEA)から贈られるThe National Heritage Fellowship Awardなど、数々の賞を受賞しました。

https://jhonnaka.wordpress.com/
https://jhonnaka.wordpress.com/

ジョン・ヨシオ・ナカ氏は2004年に亡くなりになりました。

加藤 三郎

—マッカーサーに盆栽を教えて欲しいと言われ、世界に盆栽を広げる

1915年 5月15日- 2008年 2月8日

http://my.chicagobotanic.org/horticulture/bonsai/world-bonsai-day/
http://my.chicagobotanic.org/horticulture/bonsai/world-bonsai-day/

加藤氏は1915年、埼玉の盆栽園「蔓青園」の三代目として生まれ、二代目である父から盆栽を教わりました。

蔓青園を継いだ加藤氏ですが、太平洋戦争がはじまり「盆栽は贅沢品であり、時局に適さない趣味」とされ、とても厳しい時代を過ごしました。実際に、戦争のため数多くの盆栽園が廃業に追い込まれました。

大変な努力の末なんとか終戦まで存続した蔓青園ですが、戦後の日本に盆栽を買う余裕のある人間は少なく、相変わらず厳しい状況が続きました。そんなある日、なんとGHQのアメリカ軍人が蔓青園に盆栽を買いに来たのです。

どうやら盆栽のことがとても気に入り、それから定期的に軍人が盆栽を買いに来るようになりました。彼らはお金で支払うのではなく、肉や砂糖、チョコレートなど食料で支払う事もありました。食料不足が続く中、それはとっても有り難かったそうです。

次第に軍人の中から盆栽を習いたいという声まであがり始めます。

そして、ついにあのマッカーサーが加藤氏の元へやって来て、

「盆栽をアメリカ軍基地で教えてくれないか。」と言うのです。

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盆栽ってアメリカ人を吸い付ける磁石でも入っているんでしょうか。加藤氏は1年間アメリカ軍基地内で盆栽を教えました。その経験を通じ、加藤氏は盆栽の心からうまれる友好な世界を夢見るようになりました。

その後の加藤氏は盆栽愛好家を日本国内外に広げることに人生を捧げ、盆栽から生まれる平和的な心が後世に続くように日本中・世界中で活動しました。

1976年には加藤氏が中心となり日本盆栽協会がアメリカ建国200年と終戦30年を記念して53点 の見事な盆栽をアメリカに贈呈しています。

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http://www.omiyabonsai.jp/pdf/release_eng0509_2.pdf クリントン全大統領と

加藤氏は九霞園・村田久造氏や芙蓉園・竹山房造氏らとともに1989年に世界盆栽友好連盟を立ち上げ、世界中の盆栽ネットワークをひとつ繋ぎ盆栽の更なる発展を目指し世界と結束を固めました。

この世界盆栽友好同盟が行っているのが冒頭で紹介した盆栽のオリンピック「世界盆栽大会」です。

“加藤さんは小学生やこれまで盆栽に興味のなかった方にも盆栽を普及しようと努められました。
亡くなる直前まで黒松の種をまき、芽が出た盆栽の赤ちゃんを沢山の子供たちに配られていたのは加藤さんの盆栽への心を知るエピソードです。

 引用:柳生真吾の八ヶ岳便り http://www.yatsugatake-club.com/cgi-bin/dayori/20080221174123.html

http://bonsaibark.com/2009/04/08/kato-sama-kato-sensei-but-never-kato-san/
http://bonsaibark.com/2009/04/08/kato-sama-kato-sensei-but-never-kato-san/

加藤三郎氏は2008年に亡くなりました。

これから

アメリカに盆栽を伝えた日本人のお話はいかがでしたか?

今回は私の住んでいるアメリカにスポットをあてて3人を紹介しましたが、他にも世界に盆栽を伝えた人々がいます。

私たちは日本で先人の播いてくださった種を繋ぐため、ひとつ盆栽を手にとって愛でてみてはどうでしょうか。

世界に広がったBONSAIを通して、同じ平和な時間を過ごすことに思いをはせるのも21世紀の盆栽の楽しみ方かもしれません。

参考

Phoenix Bonsai Society
http://www.phoenixbonsai.com/

International Bonsai 1998年No.1
http://www.internationalbonsai.com/page/1403493

Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Yuji_Yoshimura
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Naka

ディスカバー・ニッケイ
http://www.discovernikkei.org/ja/interviews/profiles/77/

Bonsai Today 2004年issue5
http://www.stonelantern.com/Bonsai_Today_Magazine_Bonsai_Tree_How_to_Care_p/btb.htm

「世界に広がるBONSAI文化と"大宮盆栽”海外展開プロジェクト」公益社団法人さいたま観光国際協会
http://www.bugin-eri.co.jp/doc/saisai193.pdf

National Bonsai & Penjin Museum
https://www.bonsai-nbf.org/

世界盆栽友好連盟
http://wbff-bonsai.com/jpn/

 

この記事を書いたライター

宮田 幸恵
宮田 幸恵https://about.me/miyatita
盆栽と書くことが好きな30代です。世の中にある楽しそうな事はとりあえず一通り楽しみ終えた昭和生まれ。日々を重ねる大切さ、歳を重ねて無限に美しくなる盆栽にロマンを感じるお年頃です。書く事で日本の盆栽好きな人と繋がりたい。

2 thoughts on “3人の日本人盆栽師から始まったアメリカ盆栽の歴史”

    1. こちらこそ、読んでいただいて有難う御座います!
      コメントまで頂いてとっても嬉しいです。

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